この記事は、アーティストが実践するデジタル戦略やストリーミング戦略を分析した、Music Ally Japanオリジナル記事シリーズです。第一弾の本記事では、藤井 風とYouTube動画戦略を掘り下げます。

 

2021年、音楽と動画の関係性は、新たな進化を遂げた一年でした。2020年から未だに収束の目処が絶たない新型コロナウイルス感染拡大との共存生活は三年目に入ります。この期間、世界中の人々は、マスクやソーシャルディスタンス、ワクチン接種といった様々な新しい生活様式や、感染リスクという緊張と隣り合わせの生活を過ごしています。

不要不急の外出自粛が長期化する中、音楽ビジネスやライブ産業は今も経済的打撃と先の見えない不安を抱えた状態に直面しています。アーティストの重要な収入源であるコンサートやイベントでは、有観客イベント開催に向けて規制を徐々に緩和する動きが政府や行政で進んできた一方、ワクチン接種証明や陰性検査証明の提示や、マスク着用といった制限は継続。移動や客席数が規制対象と隣合わせの現状において、多くの人は好きなアーティストをリアルで見たくても見れない状況を生んでいます。

こうした現実を巡って、ライブ・ネイションのCEO、マイケル・ラピーノは「ライブ・コンサートは一番最初に打ち切られ、一番最後に再開する産業」と、コロナ禍におけるライブ産業の実態を受け止めるように、人と音楽との距離感や関係性が変わることへの懸念の声も消えていません。日本の音楽業界は、外出時間の減少と、自宅消費、一人時間の急上昇、という事態を、アーティストの立場から、そしてビジネス的な観点から考え直す必要性に迫られています。

こうした中で、この2年間でデジタル世界は音楽を体験する場所としての価値を高めてきました。とりわけ、配信やライブ、SNSに至るまで、アーティストとファンとのインタラクションの多くに動画投稿が用いられ、それらを人々が受け入れたことは、コロナ禍の日本の音楽業界における大きな進化の一つと言えます。

そして、日本でもようやく、動画を音楽活動におけるコミュニケーションツールやコミュニティツールとして使いこなすアーティストの存在が広く浸透し始めてきました。動画出身アーティストの代表格として、この2年で存在感が拡大してきたのが、藤井 風です。

 

藤井 風の登場は何を変えたのか

すでに世界では、動画プラットフォームを起点にグローバルアーティストが誕生する流れが定着しています。ジャスティン・ビーバーや、アリアナ・グランデ、デュア・リパ、Lil Nas Xといった世界的なアーティストは、YouTubeやTikTokに投稿していた音楽動画によって発掘される、という成功事例は数多く存在あります。

誤解のないように言うと、これまで日本でも動画プラットフォームは、数多くのアーティストと作品を輩出してきました。しかし、動画プラットフォームを拠点に音楽配信するアーティストは、これまでの日本の音楽業界では常にアウトサイダーでした。旧来の音楽ビジネスの世界では多くの場合、ヒット曲を占めるアーティストや、売上を作れるアーティストとなると、ライブができ、メディア受けが良く、デジタルだけでなくCDセールスも期待できる、より伝統的なアーティストが、優先される節がありました。

そうした日本の音楽業界が抱えるアーティスト像を変えるかの如く、登場したのが藤井 風と言えます。

藤井は、動画をファンとダイレクトに繋がる双方向なコミュニケーションツールとして活用している、新しいスタイルの日本人アーティストです。とりわけ、メディア露出もインタビューの回数も少ない活動において、巧みなYouTubeチャンネル運用と動画投稿を駆使する彼にとって、YouTubeチャンネルが音楽活動とコミュニケーションを行うホームグラウンド。自分の言葉で、ファンに呼びかけ、相手に答え、ありのままの姿をさらけ出してきました。

なぜ藤井のYouTube運用は、ファンとのエンゲージが高いのか。今回、Music Ally Japanでは、コロナ禍における藤井のYouTubeでの活動に焦点を当てて、アーティストと動画、ファンコミュニケーションの関係性を考えてみたいと思います。

 

アーティストとファンとの距離感を動画で無くす

まず藤井 風が徹底してきたYouTubeの運用スタイルには、配信するコンテンツの多様性と、一貫したアーティスト発信のコミュニケーションの継続性が象徴的です。

特徴的なコンテンツの一つは、2019年に投稿を始めた、曲や音楽の背景を解説する「vlog」動画です。投稿されたvlogでは、一貫して、藤井本人が自分の言葉で視聴者に語りかけるスタイルを統一していました。何よりもvlogは、一般的なプロモーション用途とは一線を画す投稿内容であることに気付いた人は少なくないはずです。告知情報や宣伝要素が感じられません。

その代わりに、作曲の意図や、曲に込めたメッセージ、MV制作のコラボレーターとの共創の裏側、隠されたコンセプトなど、時には言葉に詰まったり忘れたりしながらも語る、パーソナルなドキュメンタリー動画とも捉えられます。語りかける言語は英語ですが、日本語の字幕が追加されていたり、日本人だけでなく、世界中の藤井ファンに向けたアーティスト本人からの呼びかけを垣間見ることができます。

vlog動画は2020年のデビューシングル「何なんw」や2ndシングル「もうええわ」のリリースやMV公開に合わせて投稿されました。その後は投稿されていませんが、本人発信のトークコンテンツは、藤井の定番コンテンツとなり、その後も不定期開催されるYouTubeでのライブ配信や、ニッポン放送の『藤井 風のオールナイトニッポン0』など、藤井の配信とトークをファンが期待するキッカケと与えました。多くのアーティストがそうであるように、藤井もYouTuberのように更新頻度が高いわけではありません。けれど、藤井の場合は、vlog動画に代表されるパーソナルなトーク動画の投稿が、より深く知りたいファンと向き合う目的で行われているため、プライベートなアーティストにとっても有効的と捉えられます。また、アーティストとファンという関係性に加えて、パーソナリティーとリスナーという(ラジオ的な)関係性を高める効果にも期待できます。

藤井の動画投稿は、一つのMVに対して、ティザー動画メイキング動画(BTS、Behind The Scenes)、ライブバージョン、vlog動画など、複数のコンテンツが投稿することが常になっています。例えば『きらり』MV公開においては、ティザー動画、BTS動画、ダンス動画、さらにはMV公開後にはAFTER TALKを動画配信しました。

これらの投稿を行う際には、YouTubeのコミュニティ機能が使われ、ファンに呼び掛けています。

同時に、藤井 風アプリには、MV撮影やメイキング動画の様子を撮影した写真が投稿されます。

 

藤井 風が重要視するオリジナルコンテンツ

とは言え、動画投稿を増やせば良いということでもありません。

藤井のチャンネルが、ファンとのエンゲージメントを高めている理由には、YouTubeに投稿されるコンテンツを統一しつつ、用いるSNSに応じて投稿内容を毎回変えて、全てをオリジナルコンテンツとして発信していることが大きく影響しています。同じ投稿内容がコピーされたり連投されることはありません。そのため、ファンは常に新しいコンテンツに触れることができるのです。関連コンテンツの目的は、ファンがMVや楽曲に触れる理由を強めるだけでなく、アーティストが伝えたいメッセージを届ける役割にも一役買っています。藤井 風のコンテンツ体験は、YouTube動画とコミュニティだけでも完結できたり、TwitterやスタッフTwitter、アプリと合わせて、様々なチャネルで楽しむこともでき、人に応じて柔軟性高く運用されています。

 

特に、リリース数が増え、知名度が高まっても、藤井は本人の言葉で語るオリジナルコンテンツの投稿を続けています。投稿数を増やさなくても、メインとなるMVと、関連コンテンツとを組み合わせでメッセージ性を増幅させ、オリジナル性あるコミュニケーションを続けていけば、ファンとのエンゲージメントを広げられることを、彼のチャンネルの成功が示唆しています。

YouTubeとの取り組みで人との接点を広げる

藤井のチャンネルを語る上で、YouTube Japanと行ってきた取り組みも、エンゲージメントと動画のクリエイティブ性を広げる役割を果たしています。

2020年、藤井はYouTube Musicが世界の若手アーティストを支援するグローバル音楽プログラム「Artist On The Rise」に日本人アーティストとして初めて選出されました。2020年5月20日のデビューアルバム『HELP EVER HURT NEVER』リリースに先駆けて、5月18日にリスニングパーティーのライブ配信を藤井のチャンネルで開催。8月7日には、アーティスト本人が出演するオリジナル・ドキュメンタリー動画が公開されました。それまでは、アーティスト本人による一人称視点な動画が中心だったチャンネルに、初めて第三者視点でキャリアを振り返る動画を加えることで、これまで藤井 風を知らなかった人にも知ってもらう機会を増やしてきました。

そして2021年には、9月4日に日産スタジアムで行った無観客ライブ『Fujii Kaze “Free” Live 2021』のYouTubeライブ配信が大きく注目を集め、多くの人が藤井 風の音楽に触れることとなりました。同ライブは、様々なインパクトを日本の音楽業界やライブ業界に与えました。感染対策と行動規制で有観客ライブ公演が相次いで中止に追い込まれた緊急事態宣言下において、スタジアムからソロアーティストのライブを無料配信すること自体が、これまでオンラインと距離のあった日本のライブ産業において、挑戦的な取り組みでした。

また、ライブ配信に留まらず、ラジオでの配信、さらにはアーカイブ映像の公開まで行っていることも特徴的で、コンテンツの量と入り口を広げようとする戦略があります。ライブ動画においても、複数形式のコンテンツを用意した点は、藤井のチャンネルの運営スタイルと一貫しています。ライブ配信を見逃したファンや、リピート再生したい人、初めてライブを見る人など、アーカイブ動画を公開することで、あらゆる人が見たい時に音楽に触れる機会を増やせます。

加えて、同ライブにおいても、vlogで英語でのコミュニケーションを行ってきた藤井らしく、英語を交えたMCでファンに直接語りかけます。

世界から視聴する人々を常に意識した配信とコミュニケーション方法は、グローバルアーティストに共通する考え方。世界と繋がるためのコミュニケーション・スタイルに、コンサートのライブ配信というコンテンツパワーと、YouTubeのグローバルリーチ力が掛け合わせることで、日本からでも世界にファンベースを広げられる、という日本人アーティストの可能性を藤井のライブ配信は日本の音楽業界に提示しているのです。

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動画のクリエイティブの観点でも、藤井は新しい取り組みにチャレンジしています。2021年10月、藤井は、Googleの「Fujii Kaze x Google Pixel」のキャンペーンの一環でCM初出演を果たしたことに加えて、テレビ地上波5局を横断的にCMジャックした世界初の「STEP CM」の展開においても、動画連携を実現させました。

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このCMは、2分半の動画が6分割され、30秒ごとに各チャンネルで放送されるという、画期的なTVCM展開。視聴者は、30秒おきにチャンネルを変えて個別CMを視聴。最終的に繋がった一本の映像を見るという、一日限りのCMが流れました(その後アンコール放送も実施)。

このCMのフルバージョン映像では、シングル「燃えよ」のMVのプレミア公開に繋がる演出が加えられており、視聴者をCMからMVへ誘うように導線が引かれています。「燃えよ」MVはまた、全編がPixel 6で撮影されたことも、話題を集める一因に繋がっています。YouTubeとテレビを横断したMV、という画期的な取り組みによって、藤井 風の存在を、日本でより多くの人が知ることとなりました。

ここ最近では動画発アーティストの発掘や育成が日本で浸透しつつあることは、業界の進化と感じる一方で、バイラル性が優先されがちな傾向も否めません。コロナ禍を経て、コンテンツ・ドリブン化に進み始めた日本の音楽産業の中で、動画を通じたリアルなコミュニケーションの投稿を続けてきた藤井 風の成長から学べる多くのヒントがあります。

今後、音楽と動画の関係性においては、素晴らしい音楽とコンテンツ、そしてファンとの関係を自ら構築できるアーティストやクリエイターたちの存在感が増すことは間違いありません。そしてまた、人生で最初のライブはオンライン配信でした、と答える若者世代が今後の音楽体験では増えていくでしょう。世界のファンに自ら語りかけるグローバルアーティストが動画プラットフォームから生まれる時代の流れが、藤井 風という存在によってようやく日本でも始まろうとしています。

 

執筆・編集:ジェイ・コウガミ