この記事は、アーティストが実践するデジタル戦略やストリーミング戦略を分析した、Music Ally Japanオリジナル記事シリーズです。第二弾の本記事では、特徴的なアーティストのYouTubeチャンネル運用事例と動画コンテンツの種類を掘り下げます。


 

近年、ビジネスやスポーツの世界で語られている「ファン・エンゲージメント」の重要性。音楽シーンでも、コロナ禍により、ライブやフェス開催、イベントが限定的になったことで、ファンとの関係構築が見直されています。InstagramやTwitter、TikTokなどのSNSを通じた細やかな情報発信は、マスメディアでの認知拡大を目指すよりも効果的で、アーティストの戦略には欠かせないことに変わりがありませんが、近年では、アーティストがSNSや動画コンテンツを通じて、いかにファンと接点を作り、関わり続ける、という展開がプロモーション戦略の柱の一つになりました。

昨今、重要度が高まり活用法が広がっているのは、グローバルで20億人以上、日本に限っても6500万人以上の月間ログインユーザーを抱えていると言われるYouTubeでの施策。もはや社会インフラとも言えるYouTubeには、音楽ストリーミングサービスで億単位の再生回数を稼ぐ国内外の大物アーティストでも、さまざまな動画コンテンツを投稿して、ファンエンゲージメントの向上を目指しています。YouTubeを単なる「動画置き場」として利用すると、いくら人気あるアーティストでも、多くのコンテンツに埋没してしまい、目指した結果に中々届かない、といった課題に直面することとなります。

YouTubeアルゴリズムを理解する

YouTubeの活用で成功する鍵の一つは、独自のアルゴリズムです。YouTubeのアルゴリズムは、チャンネル登録者数、再生時間に加え、動画の更新頻度が高いほど、ファンとのエンゲージメントが期待され「良いコンテンツ」と判断します。動画視聴者の流入元として、7~8割を占めるといわれる関連動画やトップページでの表示、つまり「YouTubeによるオススメ」への露出が高くなると想定されます。

ファンとの接触機会を増やし、新規リスナーにアプローチするには、リリースタイミングはもちろんですが、リリースのない時期にも、アクティブにコンテンツを投入し続けることが重要だということです。

今回の記事では、アーティストがYouTubeを活用してファン・エンゲージメントを高めるための動画戦略の例を見ていきたいと思います。

アクティブなチャンネル運営とアーティスト・ブランディング

チャンネル運用の観点から、YouTubeのアクティブさを有効活用しているアーティストの好例として挙げられるのが、瞬く間に日本を代表するトップバンドに駆け上がったOfficial髭男dismのチャンネルです。2017年3月リリースの「犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!」のリリース戦略では、MVに加えてライブ動画、さらにライブをVR映像で届ける「VR LIVE VIDEO」という意欲的な試みも実施。バンドの大ブレイクに繋がった「Pretender」では、YouTube Spaceで収録したアコースティックバージョンを公開。2019年のABC夏の高校野球応援ソング&『熱闘甲子園』テーマソングに起用された「宿命」では、87人の高校生ブラスバンドと共演した「Brass Band ver.」を企画し、話題になりました。

動画が出せない時期、例えばツアー中や、リリースの無い時期などでも、常にYouTubeを通じてファンと繋がり続けていくアーティストの例も増えています。Official髭男dismの場合、コミュニティ機能を使って、グッズ情報やファンが気になる情報の発信を投稿するなど、SNSに近い形でチャンネルの更新頻度を重要視してきました。

またYouTube動画で人気を博すコンテンツと言えば、オフショットやメイキング映像などが挙げられます。アーティストの素顔を伝える動画は、ファン・エンゲージメントを高める重要な取り組みと言える中、Official髭男dismのチャンネルでは、公式活動にフォーカスした動画でトーンを統一する運営方針を徹底しています。アーティストのブランディングを徹底することで、ファンにアプローチし続けている、と分析することができます。

このようにOfficial髭男dismは早くからYouTubeチャンネル運用に着手してきましたが、彼らは2016年にYouTubeが期待の新人アーティストに対して支援を行う「Music Foundry」に参加した経緯もあり、同一楽曲で複数フォーマットの動画を展開するなど常にチャンネルをアクティブな状態にしていることで知られています。

ファンを巻き込むUGC動画

「同一楽曲の別バージョン」の動画コンテンツの投稿も、チャンネル運用では標準になりつつあります。別バージョン動画が大ヒットを記録した例では、ONE OK ROCKが2021年にリリースした「Renegades」のピアノ&ボーカル版「Renegades(Piano)Japanese Version」。2021年8月に公開された同動画は、7月末に配信されたアコースティックバージョンと比較しても、ボーカル・Takaの伸びやかな歌声が強調され、海外で広く拡散。2022年1月現在で約230万再生を記録しており、いまも量産され続けているリアクション動画を含めたUGC(User Generated Contents)から生まれたプロモーション効果は計り知れません。

ONE OK ROCKは自分たちからコンテンツを発信するだけでなく、ファンを巻き込んだ動画制作にも関わってきました。2021年5月にリリースされたシングル「Broken Heart of Gold」では、ファンや一般人から動画を公募するコンテストを実施。選ばれた動画を公式MVとして公開するという、ファンを巻き込んだ先駆的な取り組みを実施しました。

「企画力」重視の動画でバズを起こしてきたアーティストでは、SNS時代の寵児ともいえる気鋭のアーティスト・WurtS。2021年8月にリリースされた「リトルダンサー feat. Ito(PEOPLE 1)」のMVでは、流行の「謎解き」要素を取り入れた動画がリスナーの間で考察合戦へ広がり、SNSでの話題へと派生。この他にも「生配信一発収録」を含めたパフォーマンスビデオや、各楽曲の「Official Audio」バージョンも公開し、多くの再生数をコンスタントに獲得しています。WurtSの動画戦略は、リスナーごとの視聴環境と、動画の更新頻度のバランスを考慮して作られた戦略が成功したと言えるでしょう。

配信済みの動画で再度シナジーを作る

MVの別バージョンや、企画動画の投稿にも向いているとして、直近のトレンドになっている60秒以内の縦型動画「YouTube ショート」(Shorts)の活用も加速しています。スポットCMのように、楽曲の魅力的なパートをダイレクトに聴かせることができ、プラスアルファの労力をかけずに展開できるコンテンツとして、アーティストチャンネルでの投稿が目立つようになってきました。

例えば、Eveの『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』のテーマソング「群青讃歌」で展開されたショートバージョンは、YouTubeショートでも既に50万再生を超えています。アニメーションとの相性の良さもあり、海外からも多くのコメントが寄せられており、世界のファンと繋がる動画展開の一つとなっています。

「公開済みの動画の再活用」という意味で、Billie Eilishのアルバム『Happier Than Ever』のオフィシャルプレイリストが興味深い内容になっています。全楽曲の動画をまとめたプレイリストが公開されており、MVが制作されていない楽曲は、リリックビデオが追加されています。YouTube上で一枚のアルバムが通しで楽しめるのは、ユーザーにとって新鮮な体験でもあります。また、リリックビデオの効果的な活用としては、歌詞を理解したい英語圏以外のリスナーやユーザーにも訴えるコンテンツとして活用できます。Billie Eilishのチームはアルバム『WHEN WE ALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』やEP『dont smile at me』でも、YouTubeで作品の順番通りに動画プレイリストを組んでいるように、ファンが動画でも作品の世界観を楽しめるよう徹底しています。

これまでは、シングル曲やアルバム表題曲でMVが制作されていることが一般的でしたが、カップリング曲やアルバム収録曲が「ファンのお気に入りの一曲」として人気を博すことも少なくありません。アーティストのプロモーションでは、こうした楽曲は潜在的に広く人気を獲得できる可能性を含むため、より多くのリスナーへリーチするための動画戦略としてリリース後の展開に組み込むことができます。

最後に、ファンとの交流という意味で、ファンが投稿した「UGC動画」の盛り上がりを上手く展開している良い例が、ロンドンを拠点にシンガーソングライターやファッションモデルとして活動するリナ・サワヤマです。「Pixels」と呼ばれる彼女のファンやYouTuberが投稿したアルバム『SAWAYAMA』のリアクション動画やレビュー動画に対して、本人がリアクションを返すという、いわば「リ・リアクション動画」(Reacting to reactions to MY DEBUT ALBUM | Rina Sawayama)は、UGC動画を自らがUGC化させるコンテンツで、動画にはファンからコメントが殺到。MVでは芸術性の高いビジュアルが印象的な一方で、リアルクション動画ではテンポ良いカット割りの編集から、親しみやすさを感じられるポップな動画タイトル、サムネイル画像で様相が一変。ファンとの距離感を縮める意味でもこのUGC動画は、大きなインパクトを生んでいます。

優れたアーティストが良い楽曲を制作した。というだけでは、突出することが難しい現代の音楽シーン。そうした環境で、YouTubeを効果的に使いファンエンゲージメントを高める施策を単に「戦略」と呼ぶことはドライに響きますが、逆にそれは「アーティストと作品の特性を反映した動画展開で、ファンを飽きさせず楽しませ続ける」ことと同義。アーティストとファンの関係性が深めることだと換言することができます。皆さんが注目するアーティストが、新曲をリリースする前後、どんな動画を併せて展開するか、チェックしていくと、動画戦略の先にあるファン・エンゲージメントへのヒントが見えてくるとともに、リスナーとしての楽しみも広がるでしょう。

 

執筆:Music Ally Japan、編集:ジェイ・コウガミ

Supported by YouTube Japan ミュージックチーム