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音楽業界に限らず、近年よく耳にするようになったのが「価値観ベース」の企業経営や業界構造です。バリュー・ベース(values-based)な価値観に基づいた音楽企業とは、一体どんな企業を指すのでしょうか?

1月にオンライン開催されたMusic AllyとMusic Business Association共同主催の音楽業界向けビジネス・カンファレンス「NY:LON Connect 2022」では、「価値観ベースの音楽経済」をテーマにしたセッションで、詳しく議論されました。

 

音楽を聴く価値観の変容

登壇者の一人、AudienceNetのリサーチ部門主任であるサニア・ハクは、米国、英国、ドイツ、ナイジェリア、インド、日本、ブラジルでの調査に基づき、音楽を聴く人々の価値観に関する最新の洞察を発表しました。

AudienceNetでは、調査対象の多くはZ世代に集中したとのこと。同氏によれば、Z世代は「人として非常に表現力があり、多面的であることが特徴」と述べています。また、そうした特徴を共有するアーティストにZ世代は積極的に反応することも示しています。

「世界的にZ世代は、物質主義にあまり魅力を感じていないようです。(中略)私たちは皆、ある程度まで私たちの人生のあり方を再検討しています」とハクは述べます。「Z世代がファッションやお金などに興味がないとは言い切れませんが、他の分野と比べるとあまり興味がないように見えます」

「この世代は基本的に未来への希望を持っていて、多くの自己信念を持っています。それに共鳴し、信念を強めてくれる音楽こそが、Z世代が強いつながりを持つ音楽と思われます」と彼女は続けました。

その一方で、気候危機に関してはZ世代はあまり楽観視していません。「(気候危機に関して)貢献できると人々が感じられる業界の取り組みは何であれ、非常に歓迎されると思います」

同氏はまた、ソーシャルメディアに対する若年層の態度についても語りました。ソーシャルメディア上では、若者はコンテンツの重要なクリエイターであると同時に消費者であります。そのため、アーティストがつながりを築く機会が増えています。

「若者はソーシャルメディアにおけるスーパースターではありますが、完全に無敵なわけではありません」と彼女は警告します。「スーパーヒーローで例えるなら、ソーシャルメディアが人々の原動力であるのと同じように、能力を無効化してしまう弱点でもあります。傷つけることもあり、ユーザーは理解した上でソーシャルメディアを使っています。そして、若年層はソーシャルメディアに費やす時間の長さも気にしています」

「音楽業界にとって大事なのは、ソーシャルメディア上で起こる音楽とのエンゲージメントが、若者にプレッシャーを与えるのではなく、ポジティブな体験であり、それが若年層にとって楽しみと感じられるものにすることです。このことを実現するにはどうすればよいか、が重要です」

Z世代と彼らより少し年上のY世代は、音楽を社会変革のためのポジティブな産業だと考えている、とハクは結論づけます。そして、ブランド(音楽ブランドを含む)が賢く、社会的良心を持つことを望んでいます。

「特に今日のキャンセル・カルチャーの時代においては、ただ言葉で言うだけでなく、言葉に基づいて行動し、意味のあるアクションを行うことが重要になってきます」

音楽は人々の生活の中心である

ハクのプレゼンテーションに続いて、「価値観ベース」の音楽経済についてのパネルディスカッションが行われました。

登壇したのは、音楽スタートアップ「Family in Music」の共同創業者兼チーフ・イノベーション・オフィサーで、音楽ディストリビューターAWALの創業者でもあるケヴィン・ベーコン、ソニーミュージック・エンタテインメントのアーティスト・イニシアチブ&ビジネス管理部門担当の上級副社長を務めるスーザン・ムールトリー、女性の音楽業界やクリエイティブ業界への進出を支援するイギリスの音楽NPO「Women In CTRL」の設立者で、業界団体AIMの議長を務めるナディア・カーン、司会を務めたMQAのCEO、マイク・ジェバラの4人です。

ジェバラはトークセッションの冒頭に「音楽は人々の生活の中心であり、(中略)音楽業界が相手にしている世代は、行動に対して非常にオープンマインドであり、クリエイティブな世代です」と言いました。

「私がその世代から得ている学びは、伝統的な構成や手法が万人にとって必要なアプローチと考えるべきではないということです」

パネルディスカッションでは、多様性、公平性、包括性など、音楽業界の価値観のさまざまな側面が取り上げられました。

カーンは、これらの問題に関してデータを収集、出版、議論しているイギリスの音楽業界の著名人の一人であり、業界の前進にも深く関わっている人物です。その例が、彼女が行った、イギリスの音楽企業の組織におけるレプリゼンテーションに関する報告書です。

「新しい世代、そして音楽業界で働く人々は、より多くの進歩を期待しています」と彼女は述べ、2020年に公開したレポート「Seat At The Table」から2021年に公開された2回目のレポートに至るまでの組織や働き方の意識の変化を説明しました。

音楽企業では、確かに以前に比べ、より多くの女性が取締役に就任するようになりました。しかし同氏は、特に有色人種の女性に関しては、やるべき課題がたくさんあると指摘しました。

「音楽業界は、女性、とりわけ有色人種の女性、社会的に不利な立場にある人々に影響を与え、差別しています。これらはすべて、音楽業界への就職から人材育成、トップレベルの経営職への就任まで、間違いなく影響を与えます」と彼女は言います。

「構造的な障壁が未だに存在しています。(中略)次世代の育成について、メンタリングについて、議論していかねばなりません。私たちは次世代を音楽業界に増やすために話し合う必要があります。業界全体で変化は起きていますが、進展は遅いです」

 

テクノロジーはクリエイターにとって酷い存在

Family In Musicのベーコンは、音楽業界の上層部レベルに変化を起こすことが重要であることに同意しつつ、「巨大化した企業のトップの役割を変える、といったレベルの変化だけでなく、これから生まれてくる新しい企業においても、変化を起こすことが重要です」と語りました。

テクノロジーのスタートアップはその一例です。「スタートアップの分野で多様性に焦点をおいて雇用するのは非常に困難です。不可能ではないはずですが、他領域と比べて難しくなっています」と彼は言いました。

「しかし、単に取締役会の人材を入れ替えるのではなく、創業時から変化をしっかりと見据えておく必要があります。私たちは、CTO、CFO、COOなどの役職に、多様な背景の人々が、成長を経た結果就任してもらうことが必要です。文化の変化につなげる必要があります」

ディスカッションではまた、ベーコンが立ち上げたスタートアップであるFamily in Musicにて、同社が発表したブロックチェーンを活用してインディペンデントな作詞作曲家用に楽曲データを識別するツール「MgNTa」に触れました。彼はFamily in Musicを通じて「価値観ベース経済」に話題を戻しました。価値観の中でも特にミュージシャンの生き残りに触れました。

「音楽業界にとってテクノロジーは大きな恩恵をもたらしましたが、報酬を受け取るという観点でいうと、テクノロジーはクリエイターにとってはかなり酷いものとなりました。特に作詞作曲家にとっては最悪です」と彼は語りました。

「テック領域に参入しようと考えている音楽会社と、音楽業界に参入しようとしているテクノロジー企業との間には、しばしば大きなミスマッチがあります。テクノロジー企業は音楽業界が多くの古い慣習に縛られていることに気付いていないからです」

「それに対して『一部の人々が不透明な状況を悪用してクリエイターから価値を奪っている』と言うことができるかもしれません。それが事実かどうかは別にして、1つだけ言えることは、これは現代に限った話ではないということです」と彼は続けました。

「私たちは今、誰しもが業界の将来として想像してきた未来とは全く違う世界にいます。私たちが走っている既存のレールでは、ますます『パーパス』や『目的』に合わなくなってきています」。

パネルディスカッションにおいて、ソニーミュージックのムールトリーは、同社がアーティストや作詞作曲家たちのために何をしているのか、という質問を投げかけられました。同氏はクリエイター支援における「3本足のスツール」のアプローチを作るため、ソニーミュージック内で始めた大局的な視野に立ち、アーティストの成長に必要な側面に焦点を当てる取り組み「Artists Forward」について語りました。

第一段階は、2021年6月に発表されたソニーミュージックの「Legacy Unrecouped Balance Program」です。これは、契約の前金をまだ(ソニーミュージックが)回収していないアーティストに対しても、ストリーミングによるロイヤリティが支払われるようになる仕組みです。

第2段階は、ミュージシャンが自分たちの音楽の利用状況や、そこから生まれるロイヤルティ料をより深く理解するためのツールの提供

第3段階は、2021年9月に開始したウェルネスおよび教育プログラムで、世界各地でカウンセリングサービスと繋がるホットラインも用意されています。

「私たちはアーティストやクリエイターが何を求めているのか、耳を傾けています」とムールトリーは約束し、すでに「ソニーミュージックのシニア・マネジメントチームは、アーティスト支援プログラムを作ろうとする私たちのあらゆる提案を検討してくれます」と述べました。

 

CD時代よりも2倍以上の温室効果ガスを排出

パネルディスカッションのもう1つのトピックは、気候変動の緊急性で、音楽業界の持続可能性を高めるための取り組みとして議論されました。

この話題はタイムリーでもありました。MQAは、同社のウェブサイトで「Sustainable Tech(持続可能なテック)」ページを立ち上げたばかりでした。

MQAのレポートによれば「今日のストリーミング中心の音楽ビジネスが環境に及ぼすコストはCD時代の2倍である」と述べられています。

MQAのジェバラは「昨今の音楽業界はなんと、かつての2倍も環境を汚染しています。私たちは以前と比べ2倍以上の温室効果ガスを排出しています。多くの人にとってイメージしづらいでしょう。CDやプラスチック、その他多くの素材は減っているからです」と言いました。

「私たちは普段、クラウドがケーブルとサーバー、大量の電力で構成されていることを意識せず、デジタル音楽と時間を過ごしてきました。音楽業界の構造は、環境に多大な負荷を与えます。全くクリーンではありません。環境問題の観点で良い影響を与えたいのであれば、デジタル世界でのデータ利用でさえ、責任を持って監督しなければなりません」

AIMにおけるカーンの役割は、2021年12月に発表された「Music Climate Pact」(音楽業界の気候に関する協定)の策定でもありました。この取り組みでは、AIMとBPIの二つの業界団体が、ユニバーサルミュージック、ソニーミュージック、ワーナーミュージックの3大メジャーレーベル、多数のインディーレーベルを説得して、参加を呼びかけました。

「なぜこの協定がユニークかというと、大手のメジャーレーベルとインディー音楽企業の双方が協力して、音楽業界の環境への影響を話し合い対処することで合意したことです」と彼女は言いました。

「私たちは、気候変動が大きな問題であることを受け入れる必要があります。そのためのコミットメントを表明しました。(中略)音楽業界にとって非常に前向きな一歩です。改善にはコラボレーションが重要だと思います」

ベーコンは環境問題の重要性に同意し、彼のFamily in Musicでは、「プルーフ・オブ・ワーク(POW)」方式ブロックチェーンから、より電力使用が効率的な「プルーフ・オブ・ステーク(POS)」方式ブロックチェーンに移行しました。

「ビットコインや仮想通貨、ブロックチェーン業界の人たちは、1000倍もエネルギー効率の良い働き方を見つけています」と彼は言います。

Family in Musicは、ブライアン・イーノが主催する環境問題専門のNPO団体「EarthPercent」と、エネルギー公立の良い技術利用をサポートする方法について議論していることを明らかにしました。

パネルディスカッションは、MQAとFamily in MusicがスポンサーとなったNY:LON Connect 2022で開催された「Values-Based Music Economy」の一部でした。

 

翻訳:塚本 紺

編集:ジェイ・コウガミ