
米国の音楽出版業界やソングライターを代表する業界団体、全米音楽出版社協会 (NMPA、National Music Publishers’ Association)は6月11日、年次総会をニューヨークで開催しました。イベントに登壇したApple Musicのグローバル責任者であるオリバー・シュッサー (Oliver Schusser)は、競合サービスが提供する広告付き無料音楽ストリーミングを強く批判しました。
インタビュー相手のNMPA会長兼CEOのデイヴィッド・イスラエライト (David Israelite)の「もしソングライターのバリューチェーンを作り変えるなら、何を変えますか?」と問われたシュッサーは「20年経っても未だに音楽が無料で提供されているのは論外です」と答え、Apple Musicが一貫して有料のサブスクリプションのみの戦略を採用している理由を明確にしました。
「私たちは唯一、無料プランを提供していないサービスです。それは利益のためではありません。これは、音楽を芸術と捉える私たちの企業文化です。芸術を無料で提供することは、私にはどうしても理解できません」
またシュッサーは、Apple Musicがソングライターへの適切なクレジット表記の拡充や、カタログ楽曲の可視化を促進するメタデータや権利情報向けのツールの提供に力を入れている点に触れ、Appleの哲学が「音楽を損失覚悟の集客ツール (ロスリーダー)ではなく、芸術としての価値と正当な対価を与えるべきです」と述べ、Apple Musicの立場を明確に打ち出しました。
名指しはしていませんが、彼の発言がSpotifyやAmazon Musicなど多くのプラットフォームを念頭に置いた発言であり、これらのサービスは、無料モデルを利用者獲得の導線として位置付けています。Spotifyは無料から有料へのコンバージョン戦略が業界に貢献していると幾度も主張してきました。しかし、Spotifyにとって有利な戦略も、音楽業界や音楽出版業界、ソングライターにとって必ずしも有益ではないことが実態です。
NMPAによれば、音楽出版社やソングライターは多くの場合、無料サービスへのライセンス提供が義務付けられ、自らの意思で選択できない現実が業界内にはあります。これによって、分配される収益が上がらないなどの経済的な課題が残ります。また、Spotifyが最近実施しているバンドル・プランによる分配率の再計算は、分配された総収益の減少だけでなく、分配単価を押し下げているとして、批判を集めています。
シュッサーの発言は、現代の音楽業界における「無料ストリーミング vs. 有料サブスクリプション」の議論に再び注目を集める形となり、音楽の価値向上と収益性における根本的な関係にさらなる議論が必要なことを示しました。
有料サブスクリプションは、音楽業界やアーティスト、ソングライターの多くにとって大きな収益源となっており、今後もさらに多くのクリエイターが収益の多くをストリーミングから上げていくことは明白です。しかし、単純に無料を廃止すれば、利用者が有料に移行する行動が実現するものではなく、非DSPでの音楽消費やストリーミングリッピング、違法配信など、収益を上げられない、または異常に低い環境に流れてしまう懸念も残っています。
一方で、今後の業界は、利用者の囲い込みや「無料vs. 有料の是非」、「再生回数 x 分配単価」といった旧態然のロジックでは解決できない問題と向き合う必要があります。ライセンス契約の再設計や柔軟性の確保、音楽消費者やアーティストに基づいた新たな価値観による収益分配モデルの再設計など、収益性の領域での議論を活発化させる必要があり、持続可能でより包括的なビジネスモデルの再構築が求められていくでしょう。