Spotifyは2021年2月、同社のイベントで高音質配信を提供する「Spotify HiFi」を開始すると発表し、音楽業界の期待を集めてきた。しかし、3年以上が経過しても、高音質プランはローンチされることはなかった

そして、ついにSpotifyは、ロスレス音源配信を正式に発表した。米国、日本、英国、ドイツ、オランダ、スウェーデン、オーストラリアなどで順次展開が開始され、10月末までに50カ国以上で利用可能になる予定。対象楽曲は最大24bit/44.1kHz FLAC音源 で配信され、Spotifyのモバイルアプリ、デスクトップ/タブレット・アプリに加え、来月からはSonosやAmazon Echoなどスマートスピーカーなどのサードパーティ・デバイスでも再生可能となる。利用可能になったユーザーにはアプリ内通知で案内が届く仕組みだ

https://newsroom.spotify.com/2025-09-10/lossless-listening-arrives-on-spotify-premium-with-a-richer-more-detailed-listening-experience/

もっとも、今回の新機能に、疑問を感じている業界関係者も少なくないはずだ。興味深いことに、ロスレス配信は、Spotifyのプレミアム・プラン利用者向けに追加料金無しで提供する。しかし、当初、Spotifyの構想は、高音質配信機能は既存のプレミアム・プランに含めるのではなく、追加料金を課す新プランとして提供される予定、と言われてきた。「Spotify HiFi」のアイデアは、まさにこの追加料金案だったはずで、レコード会社や音楽業界にとって、新しい収益源となると期待されていた。

さらに、今年2月には、Spotifyはスーパーファン向けの新プラン「Music Pro」を年内にローンチ予定で、追加料金と引き換えに利用できる主要機能の一つに高音質配信が含まれると伝えられている。「Music Pro」残る二つの機能は、コンサートチケットの先行販売への早期アクセスと、トラックのリミックス機能、が噂されてきた。Spotify幹部はこれまで同社が「スーパーファン向けプランに取り組んでいる」と公の場で語ってきたものの、詳細は正式に発表しておらず、メディアにも多く語っていない。

実際、Spotifyは8月、プレミアム利用者向けに、カスタムトランジションを追加できるDJミックス機能「Mix」を導入した。そして今回、ロスレス配信も既存プレミアム・プランに組み込まれる事になったのだった

なぜSpotifyは、新機能を追加料金の新プランではなく、既存のプレミアム・プランに追加しているのか?

考えられる可能性は2つある
一つ目は、Spotifyの戦略転換。当初考えられた追加料金の新プランの中に組み込む方針を撤回し、追加料金無しでの提供に方針を変えたこと。
2つ目は、最近の新機能をプレミアム会員にテスト的に開放することでいち早く体験させ、新プランをローンチすると、アップグレードを促す特典として、追加料金の枠に戻す実験的なアプローチ。

新プランの発表は今後予定されるはずだが、少なくともSpotifyは今後「高音質配信はいつ始まるのか?」のメディアやユーザーからの質問に答える必要は無くなった。

同時に、今回の発表は、音楽業界が期待した「高音質配信は追加料金または高額」という既成概念にとどめを刺したとも言える。

Apple Musicは一足先に、2021年から追加料金無しで「空間オーディオ」 (ドルビーアトモス対応)での配信を開始した。Amazon Musicも以前は「Amazon Music HD」として追加料金を課していたプランを撤回し、既存プランに組み込んだ。Spotifyも今回、同じ道を辿っている。

この決断は、「音楽ストリーミングはロスレス配信で追加収益を得る機会を逃した」や「アーティストや音楽業界への収益還元を増やす機会を逃した」との指摘も呼ぶだろう。反対に「そもそもユーザーたちが高音質に追加料金を支払う意欲が十分に無い」と企業が判断したのであれば、一定の理解はできる。

一方、ロスレス配信を既存の有料ユーザー向けに追加料金無しで提供することは、無料ユーザーにとってサブスクリプションに対する価値を高める効果もある。追加料金が発生しなければ、有料プランに入る確率も上がるかもしれない。結果的に、音楽業界がDSPに対して提案してきた「定期的な有料プランの値上げ」が実行しやすい布石になる可能性が高まったと捉えることもできる。これは、音楽業界からは歓迎されるだろう。

Spotifyが今後投入する「スーパーファン向け」新プランの主要機能に、高音質配信や、DJミックス機能が含まれないのであれば、一体どんな特典が用意されるのか? 新プラン利用者に対して、ライブチケットの先行購入への優先権を提供するための交渉は、チケット販売会社と現在も続いているが、どのような仕組みで展開されるか、詳細は明らかになっていない。そして、チケット購入特典のために、はたしてどれほどの人がこの噂される新プランに毎月料金を支払いたい、と思うだろうか?