アーティストの楽曲がSNSでバイラルヒットすれば、音楽ストリーミングサービスにおける再生回数や保存数、フォロワー数の急増につながる、と音楽業界では広く常識とされてきた。しかし、イギリス・ロンドンのリサーチ会社「MIDiA Research」が発表した最新レポートは、この前提に対して疑問を投げかけている。

https://www.midiaresearch.com/blog/all-eyes-no-ears-new-midia-data-shows-why-virality-is-not-building-fandom

同社は音楽発見の行動について1万人以上を対象に調査を実施。その結果、52%が「直近1カ月にSNSで聴いた楽曲を再生した」と答えた。しかし、MIDiAはこのデータの裏側が重要であると主張。ほぼ半数の48%が楽曲再生していない。理由の多くは、ショート動画の視聴で止まってしまうからだ。これはTikTok、YouTubeショート、Instagramといった動画プラットフォームの利用拡大に伴う特徴的な現象となっており、特にSNS動画を最も多く利用する若年層のリスナーに顕著だと言う。同社のタティアナ・シリサーノは、ブログ記事で「ショート動画視聴が必ずしもストリーミング消費に直結していない」と述べ、従来の音楽発見から音楽再生・音楽消費に至る導線が変化しつつあることを示唆した。

若年層は全体的に見れば平均的な消費者よりも音楽へのエンゲージメントが高い傾向にありますが、一方で世代間の変化には懸念すべき兆候が見られます。SNSで楽曲を聴いた後、若年層 (16-24歳)はその上の世代 (25-34歳)と比較して、ディスカバリーファネルにおけるほぼすべての行動、楽曲のアーティストを調べる、DSPでお気に入り保存する、アーティストの他の楽曲を検索する、ファンになる、といった行動を起こす可能性が低いのです」

SNSで聴いた楽曲をストリーミングサービスで再生しない理由では、「楽曲名やアーティストを忘れた」「SNSで楽曲を聴いているから」「楽曲名やアーティスト名を知らない」が主な理由で、若年層ではより顕著となった。

MIDiAは、ショート動画プラットフォームで流れる楽曲が、音楽ストリーミングサービスと消費者の時間を奪い合っている状況が拡大していると指摘。その上で、ストリーミングが音楽業界の収益の大部分を占める一方、ショート動画プラットフォームが収益を音楽業界にほとんど還元していない現状を指摘した。

最も人気の音楽発見のプラットフォームはYouTubeで、回答者の52%が主要な場所の一つと答えた。次いで、ストリーミングサービス(40%)、TikTok (37%)と続いた。ただし、これら以外に10%以上の利用率を持つメディアが7つあり、その後も1桁代の利用率を持つ多数のプラットフォームが中長期的な音楽発見に寄与している。

一方、楽曲のバイラル化が再生数や保存数の増加させるのは、一部の消費者に限定されている。「より多くの音楽を再生する」と答えたYouTubeユーザーは48%だったが、TikTokでは34%、Instagramでは23%に留まった。

とりわけ、MIDiAの報告では、音楽業界やレコード会社が重要視するTikTokでのバイラル化からの音楽再生に関して、業界関係者の認識と違った回答が示された。TikTokはアプリから再生を促す機能を数多く提供しているが、TikTokユーザーのうち「発見した楽曲を保存するため『音楽アプリに保存』機能 (Add to Music App)を利用した」と回答した割合は33%に留まった。特に、16-24歳層は25-34歳層と比較して、TikTokの音楽機能の利用率が低い傾向がある。さらに、TikTokで楽曲を見つけた後、アーティストをフォローしたと答えたのは20%で、さらに同じアーティストの他の楽曲を再生したと答えたのはわずか26%だった。これらの実態は、若年層をターゲットにしたいアーティストやレコード会社にとって、楽曲がバイラルしても、ストリーミング再生されない可能性がある、というジレンマを生む。

シリサーノは、SNSや楽曲バイラル化と再生の関係性について、こう答えた「音楽がSNSユーザーによって過剰に人気がなればなるほど、再生数の増加やファンダム形成といった音楽業界が次の成長領域として期待している成果を生み出す効果が弱まっていきます」

問題を深刻化しているのは、SNSアプリの構造だ。ショート動画プラットフォームは、ユーザーに対して、画面をスクロールし続けることを優先し、外部の音楽アプリへ誘導していない。フィードを視聴する時間が伸びれば、新曲やカタログ楽曲を再生する時間が奪われるとも捉えられる。

一方、SNS各社は、外部プラットフォームとの連携を強化している。TikTokは昨今、「音楽アプリへ追加」機能の連携拡張を重要戦略の一つと捉えている。Instagramでも同様の機能が導入されているほか、Spotifyとの連携が強化され、SpotifyからInstagramストーリーズへ楽曲を追加してシェアできる仕様へと変わった。

音楽発見を促進する機能の開発や連携強化を図るSNS各社に対して、SNS上でのバイラルヒットが、さらなる楽曲再生や収益化につながる価値があるか否か、MIDiAのレポートを通じて、音楽業界や関係者の間で議論が活発化することに注目が集まります