
ここ数週間で話題を集めているサイケデリック・ロックバンド「ベルベット・サンダウン」(The Velvet Sundown)をご存知でしょうか?彼らは1カ月に満たない短期間で、Spotifyの月間リスナー数を63万以上獲得しました。6月の間に2枚のアルバムをリリースし、7月には3枚目のアルバムも控えているバンドですが、彼らの音楽、メンバー含めて、すべてが生成AIによって作られた可能性が指摘されています。
そもそも、Spotifyのアーティストページやそこに紐づけられたSNS以外のバンドに関する情報が、オンライン上で全く見つかりません。ライブ映像やミュージックビデオ、メンバーのSNS投稿も存在していません。現在まで、X、Instagram、TikTok、Facebookでもアカウントが開設されましたが、内容はどれもXに投稿された内容と同じ、7月のアルバム・プリセーブ用のSpotifyカウントダウンページに誘導を促す投稿のみです(その画像もAI生成)。そして、これらのアカウントが本物か否か、誰も分かってはいません。
このような謎のバンドが突如出現したことに対して、音楽ジャーナリストやRedditなどでは、彼らのAI生成の音楽や、存在そのものに懐疑的な見解が相次ぎ、警鐘を鳴らしています。
彼らの音楽が生成AIで作られたものという可能性を示す証拠は、いくつかあります。Deezerは、配信された2枚のアルバムに対して、「このアルバムには、AIを使って制作された可能性のある楽曲が含まれている場合があります」の警告メッセージを表示しています。これは同社が先日発表した、生成AI音楽を検出する独自の技術に基づいて表示されています。
Music Allyでは、フランス・パリにある、音楽・オーディオ専門のリサーチ会社であるIrcam Amplifyに連絡を取りました。同社は、音楽やオーディオを専門にするテクノロジー会社で、昨年「AI-Generated Detector」というツールを開発し、生成AIを使った音楽を98.5%の高精度で識別できると主張しています。彼らはThe Velvet Sundownのアルバム『Dust and Silence』を同社のツールで解析し、その結果をMusic Allyに共有しました。
同社の分析結果によると、アルバム全13曲のうち10曲が「AI生成」と判定され、AI生成を使った「確信度」スコアは100点中100点でした。他の2曲もAI生成と判断され、確信度スコアは98点でした。唯一の例外は「How Did This Go Wrong」という1曲のみで、「AIではない」と判定され確信度スコアは73点でした。
Ircam Amplifyのツールが「AI生成」と判断した12曲すべてで、使用したと疑われる音楽AI生成モデルは「Suno」であるとのことでした。具体的には、今年5月にリリースされた「Suno 4.5」である、と同社はMusic Allyに説明しました。
もし、ベルベット・サンダウンやアルバムが生成AIを使った広告エージェンシーのプロジェクトであるとすれば、現存する技術でどこまで音楽を表現できるか限界を探る試みであったとしても極めて興味深いものです。
しかし、彼らの楽曲は、Spotifyでは数十以上の匿名ユーザープレイリストに追加されて、再生回数を稼いでいます。アーティストページに表示される「This is The Velvet Sundown」「The Velvet Sundown Radio」プレイリストは、それぞれ470回、157回のお気に入り保存されています。
また、Spotifyが毎週更新するDiscover Weeklyプレイリストでもレコメンドされたことが指摘されるなど、本物のアーティストと音楽AIに関する透明性や真正性に対する懸念が高まっています。SpotifyやApple Music、Amazon Musicなどでは他のアーティストと同じように配信されており、彼らの音楽をAI認定して警告したストリーミングサービスは現在までDeezerのみです。
ストリーミングの仕組み上、楽曲は、再生、SNSでのシェア、アーティストのフォロー、お気に入り保存、プレイリストで再生されるたびに、アルゴリズムにシグナルが送られ、対象の楽曲はさらに多くのユーザーのプレイリストに組み込まれたり、レコメンドされる仕組みがあります。このような構造があるため、バンドは短期間でSpotifyのリスナー数を急激に伸ばすことに成功したと言えます。バンドは、7月に3枚目のアルバムを配信予定で、SNSでSpotifyのカウントダウンページに誘導をかけています。