
過去数年間で、再生数を不正に水増しするボット再生や、人的違法再生を含むストリーミング詐欺行為は、世界各地の音楽業界で、ますます重要な課題となりました。詐欺の手口や、実際の手法、組織的な仕組みに関する情報が明らかになり、業界内やストリーミングサービス各社で対策が望まれることが、この議論を加速させる背景にあります。実際に、世界の音楽業界を代表する業界団体、IFPI (国際レコード産業連盟)は、地域のメンバー各社と警察と協力し、再生数を人為的に増加させるサービスなどへの取締りを強化しています。
SpotifyやDeezerをはじめとする音楽ストリーミングサービスは、「アーティスト中心モデル」(アーティスト・セントリック・モデル)への改革の一環として、不正再生や詐欺行為の取締りを重要な課題として捉え、技術開発に取り組んでいます。
しかし不正再生や詐欺行為は跡を絶ちません。2023年に、Spotifyでは、犯罪組織によるマネーロンダリングに不正再生が利用されたとの報告も報じられました。2024年、デンマークでは不正再生行為を行い、635,000ドル (約9,800万円)を得た男性が逮捕され、実刑判決を受けました。さらに、米国では音楽プロデューサーが、AI生成音楽とボットを用いた再生数水増しで、1000万ドル以上 (約15億円)の不正な収益を得たとして、複数の重罪容疑で逮捕されました。
Apple Musicは、ロンドンで開催されたMusic Ally主催の音楽ビジネス・カンファレンス「Music Ally Connect」の基調講演に登壇し、世界中の音楽業界関係者の前で、ストリーミング詐欺に関する独自のデータと取り組みを発表しました。
Apple Musicでグローバル音楽パートナーシップ・ビジネスプログラム担当責任者のブライス・マクラフリン (Bryce McLaughlin)は、Apple Musicがどのように不正再生や詐欺行為の問題に対処しているか、詳しく説明しました。

マクラフリンは最初に「これは、現在の音楽業界において、非常に重要な課題です。Apple Musicにとっては、新しい課題ではなく、長年取り組んできました。これまで、公に語ることはありませんでしたが、本日はその姿勢を変えます」と述べました。
「Apple Musicにおける不正再生は、全体の再生数の1%未満です。実際の数字は1%を大きく下回ります。グローバル全体の再生数で0.3%程度です。この結果は偶然ではありません。Apple Musicで不正再生が少ないのは、長年、この問題に積極的に取り組んできたからです」
しかし、マクラフリンは、音楽を配信する一部のディストリビューターで不正再生行為の割合が高いという問題を指摘しました。彼は、匿名ディストリビューターに関するデータを示して、次のように説明しました「あるレーベルの楽曲が、特定の地域では、該当するディストリビューター全体の再生数の90%を占めていました。その再生数の98%は不正再生によるものでした」
マクラフリンは、不正再生を行う2つの動機を挙げました。
1つ目は金銭的利益 (ロイヤリティ収益)の取得で、再生数を不正に水増しして不当に収益を得る目的です。2つ目は、見せかけの人気を狙う行為です。チャートで順位を上げる目的や、人為的に再生数を増やして注目を集め、レコード契約や、大規模な会場でのライブの開催など、より大きな成果に繋げることが背景にあります。
「こうした不正行為は、数字の操作に留まりません。音楽業界全体の信頼や、アーティストの公平な評価に影響を与える深刻な問題なのです」
次に、マクラフリンは、不正再生が実施される2つの方法について説明しました。それは、ボットやソフトウェアで自動化したプログラマティックな不正操作と、欺瞞 (ぎまん)を用いた不正行為です。
「プログラマティック不正操作は、最も明白な行為です。広く認知されている不正行為です。再生数は、デバイス上で実行されるスクリプトによって生成されます。また、偽のアカウントや、人から盗んだアカウントが使われます。実際に音楽を聞いている人間は存在していません」
もう一つの欺瞞的な行為も深刻な問題です。不正行為には、様々な形の欺瞞的なコンテンツが用いられます。中には、アートワークを不正に利用することや、欺瞞的なメタデータ、オーディオデータも利用されます。全ての行為は、欺瞞的なコンテンツを正当なコンテンツとして見せようとする行為です。このようなコンテンツは、様々な場所に表示されます。検索結果や、DSPのアルゴリズムを騙して、リスナーのレコメンドに表示されることもあります。
「目的は、ファンを騙して再生数を増やすことです。人やサービスを不当に操作し、実際の人間による再生数を生み出すことです」
「しかし、これらの再生数が実際の人間による本物の再生数であっても、Apple Musicでは、操作された再生数の形態と捉えています。なぜなら、ユーザーが再生するように操作されているからです」
マクラフリンは、不正再生を行うためのコンテンツが、どのようにストリーミングサービスへ配信されるのか、背景を説明しました。
「インディーレーベルは少数のアーティストと仕事をしています。レーベルとアーティストがお互いを知っている関係性にあることも多いです。一方で、ディストリビューターのように膨大なコンテンツを取り扱うサービスは、数百万ものアーティストと取引しています。個人的な関係性が無い場合も多々あります。こうした状況下で不正再生は始まります。不正行為には、配信されるコンテンツが不可欠だからです。最初の防衛戦は、ディストリビューションの段階から始まります」
「ディストリビューターには、配信するコンテンツが、正当なアーティストが提供する正規のコンテンツであることを確認する責任があります」
マクラフリンによれば、多くのディストリビューターやコンテンツプロバイダーがこうした確認作業を効果的に行っていると述べました。
ディストリビューターが行う対策には、音楽提供者の会計情報やその他の情報の確認、納品する前の段階での楽曲のクロスチェック、楽曲の再生状況を分析するための分析ツールを用いたモニタリングなどが挙げられました。
Apple Musicでは、こうした対策を支援するため、複数のツールを提供しています。
「コンテンツプロバイダーはこれらのツールを活用して、不正対策に取り組んできました。実際に改善されています」と延べ、匿名のディストリビューターのデータを紹介しました。
「彼らの場合、再生数の9%が不正操作されていることが分かりました。このディストリビューターと協力して6カ月以内に対策を講じました。その結果、Apple Musicでのグローバル再生数における不正操作の割合は1%未満まで減少できました」
ストリーミングサービスも対策の責任を果たさねばなりません。Apple Musicでは、2015年のサービス開始以降、不正再生への対策を強化してきました。これには、iTunesダウンロードストアの時代から詐欺行為に取り組んできたAppleの長年に渡る考え方が受け継がれています。
同サービスでは、対策方針の一つとして、ロイヤリティ支払いにおける取り組みを実施しています。Apple Musicでは、月毎にロイヤリティ収益分配の計算と支払いを行っています。また、チャートの更新は、日別、週別、さらに3時間毎に行われています。不正再生による不当な利益が違反者に渡らないようにするには、ほぼリアルタイムで、不正操作された再生数を特定し、削除する必要があります。
現在、Apple Musicでは、世界中に配置されたチームによる「24時間365日の監視体制」を敷いています。さらに2022年秋以降から、不正操作の特定と防止に特化した新たなプログラムを導入しました。
マクラフリンは、Apple Musicで実施している3つの対策を説明しました。1つ目は、不正操作された再生数のほぼリアルタイムでの排除。2つ目はディストリビューターや公式チャート運営会社、そしてアーティストおよびそのチームに向けた明確なレポートの提出。3つ目は、必要に応じたコンテンツの削除です。
「私たちには、厳格なプロセスが確立されています。コンテンツの削除は、モデレーションチームによる複数の審査を経て初めて削除されます。必要な場合のみコンテンツを削除しています。例えば、該当のコンテンツが不正再生以外の目的でサービスに存在する理由が無い場合などです」
Apple Musicでは、再生数の審査システムも導入しています。これによって、不正操作された再生数を検出し、審査します。Apple Musicのチャートのデータ、公式音楽チャートに毎日提供するデータ、月毎のロイヤリティ収益の計算が正確かつ健全である状態を保つことが目的です。
「リアルタイムで不正行為を特定し、排除することは容易ではありません。しかし、金銭的利益の追求や、見せかけの人気獲得という動機への対処では非常に重要です。もし、不正操作された再生数が利益にもチャートにも繋がらなければ、不正行為者は不正を働く動機を失うでしょう」
Apple Musicに音楽を配信するコンテンツプロバイダーには、不正検出に関する日次レポートが提供されます。不正操作の疑いで検出 (フラグ付け)された全ての再生数と審査結果が報告されます。
「あらゆるコンテンツ・プロバイダーが積極的に関与することが求められます。一部のコンテンツ・プロバイダーだけの取り組みでは不十分です。不正行為者は常にシステムの脆弱性を探っています。ディストリビューター1社を使って配信したコンテンツで不正が発覚すれば、別のディストリビューターに移動し、再び不正行為を試みます。そのディストリビューターが対策をしていなければ、不正操作は続くのです」
Apple Musicでは、不正再生防止に積極的なパートナー企業に向けた新たな制度を導入しました。マクラフリンはこれを「インセンティブ」と呼んでいます。この制度では、不正対策に取り組まず、注意を払わないディストリビューターに対して金銭的な罰則が課されます。
「継続して不正操作を行うレーベルやディストリビューターのみに影響する、金銭的な調整を行う枠組みを設置しました。不正に収益を得ようとしたロイヤリティの金額に比例して調整が入ります。金額はディストリビューターに支払われるロイヤリティから差し引かれます。改善が見られない場合、金額は段階的に増加します。改善処置を取るための1カ月の猶予期間が設けられています」
マクラフリンは、この取り組みの成果も公表しました。そして、金銭的調整の枠組みを開始した後、ディストリビューターは積極的に改善に取り組むようになり、変化が見られるようになったと述べました。
分配の調整を導入後、最初の6カ月で、不正再生された再生数は30%減少しました。その後、アップデートを加えた3カ月後にはさらに20%減少しました。過去1年間で中規模から深刻な不正再生が横行していたディストリビューターの半数以上が改善を見せるという成果にも繋がりました。
今回の発表は、ストリーミング詐欺対策におけるApple Musicの透明性向上と、業界全体への意識喚起を目的としたものです。今後のApple Musicの継続的な取り組みが、ディストリビューターやレーベル、競合するストリーミングサービス、さらには音楽業界全体にどのような影響を与えるか、注目されます。
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