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インディペンデント音楽業界のデジタル・ライセンス・エージェンシーであるMerlinのCEOを努めてきたジェレミー・シロタ (Jeremy Sirota)が2025年12月31日に退任することは、既に発表されている。シロタはMusic Allyのインタビューに応じ、Merlinの音楽業界に対する役割、音楽生成AI含む最近の取り組み、音楽業界が抱える問題点、独立系音楽業界の未来、さらには自身の後任など、さまざまなトピックに答えてくれた。

シロタは、2020年1月、Merlin創設者チャールズ・カルダス (Charles Caldas)の後任としてCEOに就任。それ以前の2017年から2019年にかけてMeta (旧Facebook)の音楽ビジネスチームに在籍、それ以前はワーナーミュージック・グループで約9年、主にライセンス、ビジネス、法務部門に従事してきた。

「(Merlinには)世界中からメンバーが集まります。事業規模や市場における経験値も多種多様です。英語を母語としないメンバーも多数います。事業形態も、直面する課題も多様化します。フィジカルの収益に依存する企業もいれば、デジタル専門もいます。出版権を所有する場合もあります。彼らの活動は、根本的に非常に重要となってきます」

「創造性と音楽は、文化を牽引します。それがなければ、社会の損失を意味します。あらゆる新しいジャンル、音楽制作の方法は、ほぼ常にインディペンデントな領域から生まれて来ました。そこに文化的価値があるのです」

シロタは前任でMerlin設立に貢献したカルダスについてこう語った「彼は建設者であり戦士でした。組織、会員基盤をゼロから構築する必要がありました。その後は戦い続けてきました。Merlinの存在意義を何度も説明し、交渉の場で発言権を得るため、そしてメジャーレーベルと同等の料率を得るため戦い続けました」


シロタは、Merlinに就任した直後、最初の試練に直面した。新型コロナウイルス感染拡大による最初のロックダウンが始まったのだ。

「CEO職は初めての経験でした。そして、就任から45日で新型コロナのパンデミックが起こりました。前例がありません。戦略はあっても、意思決定の方法は全く示されていません。その時に、人こそが全てだと学びました」

Merlin_Connect_logo

 シロタの在任中、Merlinでは複数の人材が昇進し、さらに外部からも新たな人材が招聘された。

また、音楽業界の女性リーダーにメンタリング・プログラムを提供する「Merlin Engage」、スタートアップとの連携を推進する「Merlin Connect」など、新たな取り組みも始めた。

インディーズ音楽の収益化に期待。Merlinが新興スタートアップ向けの音楽ライセンス・プログラム「Merlinコネクト」開始

カルダスを「建設者で戦士」と形容するならば、シロタは自らを「革新者で刷新者」と位置付け、起業家精神の文化を醸成しながらMerlinを次のフェーズへと推進してきた。

「私たちは文化的な付加価値を生み出す人材を採用してきました。つまり、戦略的に異論を唱えることができる人材です。アイデアは現場から生まれてほしい。官僚主義の階層は排除したい。あらゆる人の意見が歓迎される必要があります」

「人々は上司を喜ばせるために存在しているのではありません。使命を推進するために存在しています。当然、口で言うことは簡単です。実際に行動に移さなければなりません」

シロタは、最近学んだ新しい言葉の「VUCA」 (Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性))を、近代の音楽業界を的確に表現していると考える。

「過去20年間を振り返ると、頭に思い浮かぶ言葉は『破壊的変化』(Disruption)ではありません。『大変動』(Upheaval)です。まさにVUCA、大混乱の四騎士です。私たちのメンバーは、世界を見てこう思います。なぜ安定にたどり着いた矢先に、また別の何かが現れ、自分たちの活動やスキルを一掃しようとするのか、と」

ElevenLabsと画期的な契約

2025年におけるその一掃者は、AIだ。シロタは多くの見解を示して来た。これは、Merlinが最近発表した、AI企業のElevenLabsと初のライセンス契約を締結したことに通じている。8月上旬に発表された契約では、同社の新ツール「Eleven Music」に関するライセンスだ。初期モデルの学習には、プロダクション・ミュージックが用いられるが、今後数ヶ月以内にリリース予定の「Pro」バージョンでは、Merlinと音楽出版大手Kobaltとの契約を通じた楽曲データを用いて学習される予定だ。

「解決しなければならない大きな課題が数多く存在します。許可なく音楽をAIモデルの学習に使用することは著作権侵害であり、誰も行うべきではありません。これは単純な話です。なぜ今も議論の余地があるのか理解できません!」

この契約は音楽業界メディアで報じられたが、より大きな反響を呼ばなかったことにシロタは驚きを示した。彼はこの契約にはより広い意義があると考えており、AI企業や投資家が「音楽のライセンス契約は複雑すぎる」「権利者との交渉は困難すぎる」などの主張に反論する契約だと指摘する。

AI音楽のインディーズ音楽シーンでの活用

さらにシロタは、この契約がインディペンデント音楽業界がメジャーレコード会社よりも迅速にAIモデルへのライセンス提供に動く可能性を示すものと考える「業界最大手企業の中には、全てを管理できない限り、ライセンス提供はできないことが今でも懸念事項です」

AIと音楽の関係は、「AI音楽」の領域に留まらない。シロタは、AI技術がインディペンデント・レーベルを他の側面で支援できる可能性について強い期待を持つ。音楽業界の業務フローや日常的な管理業務をAIが処理することは、華やかだが多くの物議を呼ぶ生成AIの問題ほど大きな注目は集まらないかもしれないが、シロタはこの分野こそ注目されるべき、と考える。

「最高の料理、最高のスタッフ、最高のマーケティングを持っていたとしても、リネンの洗濯コストを50%削減できなければ、収益化か、赤字かの違いになります。私たちは、より多くを自動化する必要があります。そのためのプロセスを整備し、多くの技術を導入する必要があります。具体的にどう機能するかは分かりませんが、業務遂行を飛躍的に進化させる新しいモデルが未来が来るでしょう」とレストラン経営に例えて説明した。

「AIとツール群、それらがもたらす価値を考えると、インディペンデント・レーベルや彼らの作品との関わり方において大きな利益をもたらす世界が今後来るでしょう」

シロタが示す「AI音楽」は、AIアーティストを作り人間のアーティストを代替することではなく、業務フローの領域におけるAI導入の話だ。

AIが日常業務に導入されれば、インディペンデント・レーベルや音楽企業で大規模な人員削減が発生しないだろうか? これらの問いに、シロタは反論する。その例として、Merlinが導入したメンバー問い合わせ対応用のAIチャットボットを挙げた。

「導入の目的は、人を勇気づけることです。より重要な仕事に集中できるよう、時間を生み出してくれます。電話をかけたり、訪問したり、より積極的に考えたり、メンバーとのより良い関わり方について考えます。それはAIツールやエージェントにはまだ代替できない領域です」

「私は退任しますが、もし続けていたとしても、誰かを解雇することは考えていません。むしろ、AIによって全員の時間が空くはずで、より価値の高い業務に集中できるようになります。例えば『Spotifyから日次配信データが正しい形式で届かなかったから、修正しなければならない』といった作業に追われるよりも、さらに価値あることに時間を費やせるのです」

ユニバーサル ミュージックのDowntown Music買収からの影響

音楽業界における規制の議論に話題が移ると、現在進行中の別の課題にも話が及んだ。ユニバーサル ミュージック グループ(UMG)傘下のVirgin Music Groupが、Downtown Music買収を目論む件、そして、インディペンデント音楽コミュニティやレーベルが規制当局に対し、その阻止を求めている動きについて語った。

この買収案件について、シロタは慎重に言葉を選びながらも、自身の見解を述べた。まず、メジャーレーベルに勤める多くの友人の音楽に対する情熱を尊敬していると付け加えた。

「企業がより多くの利益を求めるのは当然のことです。それが企業の本質です。ただし、統合が進む世界において懸念されるのは、市場を歪める行動が生まれる点です。実際にそうなるとは言っていませんが、その可能性こそが懸念なのです」

ユニバーサル ミュージックは、この買収を巡る議論の中で「インディペンデントレーベルは必ずしも一枚岩ではない」と主張している。

これは、ImpalaやWINといった業界団体が、全ての独立系音楽企業を代表していない、との考え方を示唆している。これは、TikTokがMerlinとの包括的なライセンス契約を更新せず、レーベルと直接契約を結ぶ方針に転換したことと似た考えと見て取れる。

TikTokがMerlinとのライセンス交渉から撤退。レーベルと直接契約を目指す方針、インディーアーティストの音楽がTikTokから消える可能性

17%の収益増加を実現

Merlinは設立当初から、メンバーを代表して契約交渉を行い、メジャーレーベルと対等な条件をDSPから獲得する、という「集団的な力」を団体の核としてきた。では2025年にこの「集合的な力」は脅かされているのだろうか? シロタはこの見方に異論を唱える。

「独立の本質は、自ら独立した決定を下せることです。彼らは常にそうしてきました。つまり、全員が常に同じ意見で合意するという考え方自体、今まで存在しませんでした」

さらに、シロタは、Merlinの数値を挙げて、成果を強調する。

「普段は数字を声高に示すことはありませんが、あえて言いましょう。Merlinメンバーの収益は、前年比で17%増加しています。これは明らかに市場平均を上回る成長です。そして、忘れてはならないのは、毎年または2年毎に、私たちのメンバーの中から1社、場合によっては2社が買収されているという事実です。この17%という数字は実質的にはさらに高く、30%に近い成長率を示している可能性があります」

「『Merlinは終わった。TikTokに分断されて解体された』と言う人もいますが、彼らはユニバーサルにも、NMPA (全米音楽出版者協会)にも同じことをしています。私たちは対抗するツールが少ないだけで、必ず巻き返します」

「数ヶ月前にSpotifyとの契約を締結しました。私が就任して以来、最も強固なパートナーシップが実現しました。また私たち単独で、主要なAI企業との画期的な契約も取りまとめました。強いMerlinが必要なのです。市場には強いMerlinが不可欠です。今年の私の目標の一つは、後任者のためにMerlinを可能な限り強い組織にすることでした。私はMerlinをインディペンデントを代表するインディペンデントに留めるつもりは有りませんでした。目指したのはグローバルな影響力を持つ存在になることです」

当然、疑問は後任者が誰なのか、に注目が集まります。次期CEOの人選はMerlinの取締役会が進めており、シロタも公の場での発言は避けている。ただし、これまでの「建設者/戦士」「革新者/刷新者」と続いた人物のスキルセットについて、見解を述べた。

(Merlinにおいて)次に必要なのは、最適化と関係構築ができる人だと思います。私がこの組織を去る時、『すでに仕組みはうまく回っている』状態で残したいと願っています。後任者は微調整を加えて最適化し、さらなる価値を提供してもらえばいい。そうなれば、より関係構築に時間を割けるはずです」