Music Allyは2026年6月18日、ロンドンのTHE STEEL YARDにてカンファレンス「Music Ally NEXT 2026」を開催した。同カンファレンスは、音楽業界の未来を左右するテクノロジーのトレンド、そして新しい音楽ビジネスを形成する起業家と音楽スタートアップたちに焦点を当てる専門イベントである (Music Ally UKのイベント一覧はこちら)
今回の記事では、Music Ally NEXTのキーノート・セッションに登壇した、米国の音楽起業家でレーベル・オーナーのアンドレ・ベンツ (Andre Benz)へのインタビューの内容をお届けする。
彼は、10代でYouTube最大級の音楽チャンネル・ネットワークとなった「The Nations」(元Trap Nation)と、インディペンデントレーベル「Lowly」を築き上げ、2022年にそれぞれをCreate Music Groupへ売却した。その後、2023年には共同創業者のブランドン・デ・オリベイラ (Brandon De Oliveira)とともに新たなインディーレーベル「Broke Records」を立ち上げ、さらなる成長を続けている。Broke Recordsでは、楽曲の契約後の迅速なデジタルマーケティング、TikTokプロモーションやショート動画戦略を駆使して、Billboardチャート入りしたシングルを数多く送り出し、1日あたりの再生回数は5,000万回を超えるまでに成長した。
ベンツは「Music Ally NEXT」に集まった業界関係者を前に、マーケティング重視型レーベルであるBroke Recordsの独自性と、現代の音楽市場で感じた違和感について語った。
「最も大きな価値観の差を感じるのは、レコードレーベルの経営幹部は誰ひとりとしてマーケティングを理解していないという点です。その理由は、彼らはもともとA&Rやプロデューサー出身で、アーティストと同じ部屋で仕事をしてきた人たちだからです。SNS企業を立ち上げてきた人とは、経歴がまったく異なります」とベンツは述べた。
「我々の企業は、アーティストにもサービスを提供しているマーケティング会社と言えます。マーケティング機能を付け足したインディペンデント・レーベルではない。マーケティングの重要性を強く際立たせています」
ベンツはBroke Recordsが契約アーティストに何を求めているかを語った。
「最も重要なのは、アーティストがSNSでどれだけ積極的に発信していくかです。オンラインでどんな世界観やストーリーを伝えているのか。そこが、周囲の興味や関心を引くアーティストと、そうでないアーティストを分ける最大の要素だと思います。残念ながら、もはや音楽そのものが決め手にはなっていません。10年、15年、20年前は、音楽中心でしたが、現代はオンラインで語るストーリーこそがすべてです」
「我々がアーティストを獲得する際には、彼らがどんなストーリーを語り、どんなコミュニティを築いているかに狙いを定めます。ファンがどんな人たちかは問いません。それを見極めるのが我々の仕事です。そのうえで『このニッチなオーディエンスを、どうすれば極限まで最大化できるか』を考えています」
Broke Recordsは単曲契約も行う。しかし会社としては、アーティストとの長期的な関係構築に軸足を置いている。成長が爆発的ではなく緩やかであっても、アーティストとの関係を続けていく。
その一例は、2000生まれの米国出身シンガーソングライターのティファニー・デイ (Tiffany Day)だ。ベンツによれば、2025年に契約した当時の彼女は、「Spotifyのデイリー再生回数は2万回規模。SNSのオーディエンスもまあまあ」という状況だった。
「契約後、今では1日50万〜60万再生に達しています。とても成功しています。SNSも爆発的に伸びています。これらを実現するには、彼女自身によるビジュアル面での緻密なストーリーテリングと、InstagramやTwitterをはじめ、あらゆるプラットフォームでシーディング(拡散の種まき)することが必要でした」
(記事執筆時の2026年11月20日、デイのフォロワー数はYouTubeが98.6万人、Instagramは45万人、TikTokは20万500人。ただし、アーティストの成長はフォロワー数だけで測るものではない。他のユーザーによるUGC投稿やコメント、反応も重要な指標となる)
Broke Recordsは、組織としてどのような構成になっているのか? ベンツは、同社のスタッフ50名のうち30名がフルタイムのデジタルマーケターで、すべてのキャンペーンを社内で完結させているという。
「デジタル施策は一切外注していません。その理由は、デジタルマーケティング代理店のビジネスモデルが、レコードレーベルとは合致しないからです。代理店は、仮に我々が1万ドルを支払っても、楽曲がどれだけ再生されるかには、まったく関心がありません。しかし、我々が自分たちのマーケティングに1万ドルを投じれば、私は『1,000ドル使ってリターンが出なければ、キャンペーンは失敗だ』と率直に伝えることができます。我々は、お金の使い方に非常にシビアです」
ベンツは、マーケティング施策やキャンペーンの中身についても語った。Broke Recordsは「オンライン上でのナラティブ・シーディングに、非常に大きな投資をしている。人々同士で会話が生まれるような物語やストーリーラインを、アーティストのために構築しています」と述べた。同社が狙うSNSは、InstagramやXといったプラットフォームはもちろん、当然ながら、TikTokのアルゴリズムを攻略することもBrokeの仕事に含まれる。これは現在、音楽業界内で最もホットな話題のひとつだ。
「TikTokで曲をトレンド入りさせる方法と、アーティスト本人とはまったく関係がないかもしれません。アニメのエディット動画でも何でもいいのです。ただ、一度アルゴリズムに乗って拡散が始めれば、リアルなオーガニックな消費に広がっていきます」
「余計なしばりは一切気にしません。契約が完了すれば、その30分後にはすぐに楽曲のマーケティングを開始できます。スピードが本当に重要です。これらの小さな差が積み重なれば、アーティストにとって、とてつもなく大きな違いを生みます」
Broke Recordsのスピード重視の姿勢は、うまくいっていないキャンペーンにも当てはまる。ベンツによれば、施策が上手く行かない時には、すぐに止めて、素早く次のアイデアに移ることだという。では、うまくいっていない施策ををどう判断すべきか? 彼は、コメント欄が決め手になると答えた。
「TikTokキャンペーンを実施して、例えば5,000ドル以上かけて100本の動画を出したのに、誰もコメント欄で曲に反応していない、あるいは動画で使われている曲名を尋ねていない。それが分かった時には、『よし、これはうまくいっていない』と判断します」
「音楽に紐づいたコンテンツに予算を投じる際には、コメント欄で音楽について質問する人が増えなければならない。そうでなければ、コンバージョンにつながっていない。これは我々にとって非常に重要な指標となっています。『機能していない、別のニッチを試そう』という判断を早く行います」
企業同士のジョイントベンチャーも、Broke Recordsの事業拡大において重要な側面だ。2024年に設立した英国の「Isekai Records」はその一例だ。TikTokクリエイターのジリアン・ウェバー(Jillian Webber)とインフルエンサー・マネジメント会社のInnovo Managementが設立したレーベル「wbbr.」も同様にBroke Recordsとの協業で実現した。
ベンツは、こうしたジョイントベンチャー方式のレーベルは現代の音楽業界において、単体での活動規模をはるかに上回る実力を発揮できると自信を見せた。「10年前、メジャーレーベル特有の価値の大部分は、豊富な資金力でした。それがインディーとの大きな違いでした。しかし今では、プライベート・エクイティからインディペンデント音楽市場へ巨額の資本とリソースが流れ込んでいるので、競争条件はほぼ互角になってきたと感じます。我々は、実質的にメジャーレーベルと十分に渡り合える条件で、アーティストに契約をオファーしています」
ベンツはBrokeのJVを通じて、この考え方を新興レーベルの起業家たちにも広げている。「我々が資金を提供します。優れたマーケティング基盤、ディストリビューション、経理実務、資金力など、あらゆるものを提供できるので、2〜3人のチームでも、15人、20人、30人を抱える旧態依然としたレーベルと競えるようになるのです。多くのの場合、アーティスト契約獲得では、彼らに勝てます。パートナーシップこそ、我々が最優先している、最も価値ある資産です。我々が飛躍的な成長を遂げてきたのは、独自のパートナーシップを形成できたからです」と彼は付け加えた。
ベンツの音楽業界への指摘はまだ続く。次に矛先を向けたのは、新興レーベルやスタートアップにとって、提携相手となり得るもうひとつの選択肢、ディストリビューターだ。
「ディストリビューターから得られる大きいもの、それはデジタルマーケティング・サービスでしょう。The OrchardやBelieveに行けば、小切手は切ってくれるでしょう。もし関係者がこの会場にいたら、おめでとうと言いたいです。ですが、結局のところ、起業家やスタートアップに対して、勘所を押さえたデジタルマーケティングや、アーティストの的確な支援方法を提供して、一気に押し上げ、ブレイクさせるかという部分までは、サービスには含まれないのです。ディストリビューションの世界では、そうしたものは得られない。20%といった手数料を支払っただけでは、彼らはそこまで動いてはくれないだろう」と彼は続けた。
「我々のパートナーシップはすべてJVです。誰かに資本を投じる場合、その相手企業は世界最高級のデジタルマーケティングチームと連携できます。アーティストをどう効果的に展開すればいいかを理解している人材とも連携できます。
ベンツは最後に観客からの質問にも答えた。そこでは、レーベルの起業を目指す人が、デジタルマーケティングの最新事情や主要プラットフォームの動向に、どう遅れずについていくべきかについても助言を求められた。
「1日4時間TikTokを見てください。正直に言うと、私は軽く1日3時間、4時間はTikTokを見ている。厳しいようにに聞こえるかもしれませんが、これが現実です。業界で存在感を保ち続けたいなら、毎日、長時間SNSに張り付いていなければならない。それが、最新の感覚を保つ方法だからです」
